次はいっしょに~おまけ~

 
 彰人を押し倒すといつも、ああ、今から俺は許されるのだな、という気持ちになる。そのときは必ず触ることを許された喜びのような、体を触ることを許す怒りのような不思議な感覚に支配される。そのどちらもあるような気はしているが、慣れない感情を判別できない。
 彰人ならば、この気持ちに名前をつけてくれるだろうか。
 ただ、喜びであれ怒りであれ、彰人に触れると中心が滾るのは紛れもない事実であった。傷つけたくはない、しかし、暴いて痛みを感じない傷をつけて、挿れてひとつになってしまいたい。気持ちよくなってほしいし、気持ちよくしてほしい。
 
 体の中心からマグマのような欲が湧き思考すら呑みこむ。腰辺りが暑苦しくて重い。
 動物の本能のような衝動をかき消そうと頭を振ると、ぼんやりと俺を見ていた彰人の口元に笑みが浮かんだ。
 
「はは……変な顔」
「……彰人、その、いいだろうか」
「ふは……わざとらし」
 
 相棒には、やはり隠せないらしい。敵わないなと、にやりと悪い顔をした彰人に笑いかえした。
 彰人と出会ってから過ごした日々はなにもかもが大切だが、今日はきっと、一生忘れられない日になるだろう。
 彰人の表情を、声を、体を。彰人が俺に向けてくれるすべてを脳の神経の隅々まで焼きつけるように。一生忘れたくない、忘れてはいけないと、劣情に霞む脳に刻みこんだ。
 
 
 
 ◇
 
 
 
 彰人の体はすっかり受けいれる準備を始めていた。奥に潜ませたらしいローションがとろりと垂れるお尻を上げて、彼は蠱惑的な笑みを浮かべて俺の名前を呼ぶ。
 
「とーや」
「……っ」
「はやく、ひとつになろうぜ」
 
 蕩けた声が茹だった脳に響く。
 なんていやらしい、魅力的なお誘いなんだろう。いつの日か貰ったチョコレートのような甘さに目眩がして苦しくなる。どうして彰人は、こんなにも無防備に俺を待つのだろう。
 
「っ……あきと」
「……おい、とーや」
 
 いつもの、穏やかな呆れ顔が手を伸ばした。指先が目元を捉え優しく往復する。その指先に濡れた感触があり、そのときになって初めて自分が泣いていることに気がついた。人に焦がれて涙を流すなんて初めてで、彰人はいつも俺に初めてをくれるんだなと思いながら手のひらに擦り寄って温もりを享受する。
 
「まだ始まってねえのになんで泣いてんだよ……」
「すまない……彰人が、好きで好きでたまらないんだ……どうしたらいいか、わからない」
 
 こんなつもりじゃなかった。余裕のある顔で俺に任せてくれと言って、負担の大きい彰人を安心させてやりたいのに。情けなくて余計に目頭が熱くなる。
 
「やることなんてひとつだけだろ」
「あきと……」
「なあ、とーやはどうしたい?」
 
 あの日と同じように問いかける彰人はつらそうな顔をしていなかった。答えが分かっているといった顔で俺を見ていて、やはり彰人はすごいと感じ入るとともに好きがあふれてくる。
 どうして俺はあのとき彰人から離れようなんて気持ちになれたのだろう。こんなにも欲しくて、恋い焦がれているのに。
 どうしたいかなんて、ずっとずっと、あの日からひとつしかない。
 変わらない想いを伝えると、彰人は嬉しそうに頬を染めて「なら、それしかねえだろ」と微笑み、伸ばした両手が頬を包みこむ。マイクを力強く握り、頑張ったなと俺を認めてくれる優しい手。傍にいることを許してくれた日を思い出して、また、涙がこぼれた。あの日よりもずっと近い距離を、触れあいを許されている。
 俺を優しいと彰人は言った。しかし、本当に優しいのは彰人だと思う。
 応えたい。彰人の愛に、愛を返して、ふたりで気持ちよくなりたい。
 
「ありがとう……彰人、大好きだ」
「……ん」
 
 手の甲を力強く握って指を絡めた。合わせた視線から、俺を許す、大好きな声が聞こえた気がする。どうか俺の想いが正しく彰人に伝わりますように。溢れんばかりの愛しさを込めて濡れた手のひらに唇を寄せた。口付けた手のひらはしょっぱい味がしたが、それが俺の涙か彰人の汗かなんてもうどちらでもよかった。
 
 
 
 ◇
 
 
 
 じゅぷじゅぷといやらしい音がふたりきりの部屋に木霊する。この場合、彰人が出している音になるのだろうか。密やかな蕾を優しく撫で、綻んできたところで、たっぷりとローションを掬った指をゆっくりとつき入れた。すっかり柔らかくなった内壁をぐるりと掻きまわしてお目当ての場所を探り当てる。
 
「エネマグラのおかげか……柔らかくなったな」
「っ、は、ふぅ……っ」
「ここ、ぷっくり腫れている」
「ふ、ぁ……そこ……っ、触んな……っ!」 
 
 以前とは明らかに違う器官。捉えやすくなったしこりを優しく撫で、指先に緩く力を込めて押しこむと、彰人はびくりと腰を震わせいやいやと首を振った。甘い息を吐いているが前立腺の刺激は嫌だろうか。触るなと言う言葉通り前立腺を避けると、彰人は切なげに顔を歪め腰をくねらせた。
 
「……っ、……んっ、ぁ……ぁっ」
「っ……」
 
 気持ちいいところに俺の指を当てようとしているとしか思えない動きに声を出さずに笑って、お望み通り、前立腺を避けながらナカをほぐす。やはりもの足りないらしい。だろうなと思いながらも、わけが分からなくなって強請る彰人も見てみたいと、突如湧いてきた欲望に従って解す動きに留めた。
 赤らんだ顔でもどかしそうに蕩けきった声を上げる彰人は、自分の腰がもの欲しげに動いていることに気がついているだろうか。気がついても気がつかなくてもどちらでもいい。結局、彰人が可愛くていやらしいことに変わりはない。
 ただ、興奮のしすぎか、頭の奥からどくどくと脈の打つ音が聞こえて、うるさい。
 
 泣いてすっきりしたのか、俺の頭はやけにクリアだった。彰人と体を重ねようとしていた日々に付き纏っていた不安とか、恐ろしさのようなものがいまはない。きっと今日の彰人ならば受けいれてくれるという根拠のない自信が、俺を大胆にさせているのだろう。
 彰人に依存していることをしみじみと感じて笑ってしまいそうだった。決していやではない――それどころか、心地いい。彰人の傍はおちつくし気持ちがいい。
 とはいえ痛い思いも、苦しい思いもさせるつもりはない。彰人にはいっぱい気持ちよくなってもらって、ついでに、俺のことも気持ちよくしてくれと伝えた。「ついでじゃなくて、お前も気持ちよくなるんだよ」と顰めた顔に愛しさを感じて思わず、滾ってしまったのは内緒だ。バレていたかもしれないが。
 
 俺の中指と人差し指を咥えこみ、くねくねと腰がくねる光景を目に焼きつける。可愛くて、いやらしい。ちっとも働いていない頭ではありふれた言葉しか浮かんでこなかったが、そんな些末なことのために頭を悩ませる必要もない気がして、涎を垂らす半開きの唇に顔を寄せる。
 彰人が与えてくれるものならなんだっていい。読書で培った文字たちが脳の奥で散って、彰人だけを知覚する。
 
「痛くないか?」
「ぅん、っん! ん、ぁ、あっ」
 
 普段は力強い声で観客を煽る口が、いまはだらしなく開いて代わりに艶やかな声を溢している。指の刺激だけで彰人は気持ちよさそうに声を上げた。
 痛みではないものを受けとったときの彰人の声はこんなにも俺を熱くさせる。苦しさを耐えるような声を出させていた過去を思いかえすと苦々しくて、しかし、不要な経験ではなかったと思う。きっと経験しなければ、彰人から出る声がこんなに愛しいものだと分からなかっただろう。
 俺という観客を煽るように、唾液に濡れたなまめかしい舌がちらちらと見え隠れして、自身が滾るのが分かった。
 
「そこ……っ、とや、そこっ」
「ここだな」
「んっんっ、や、きもち、やっ、すき、すき……っ」
 
 もの足りないのか、媚びた声が俺の指を導く。
 おねだりが可愛くて、わざと避けていた前立腺を押しつぶすと、胸元に擦り寄って何度も好きと繰りかえした。触るなと言ったばかりなのに、もうなにを口走っているか分からなくなるぐらい気持ちがいいのだろう。
 すっかり蕩けきった声のおかげで、彰人が苦しさではなく快楽を得ていることが分かる。血が沸きたった。ずっとしていた耳鳴りが一瞬で激しくなって動悸が早くなる。
 可愛い。本当にここだけで気持ちよくなっている。
 あの日、エネマグラを入れてナカだけで絶頂を迎えていた彰人を思い出す。目の前にいたのに、倒れそうな彰人を支えその体に触れていたのに、ナカだけで絶頂を迎える姿はどこか非現実的だった。
 あの日の彰人はすごかった。彰人が気を失わなかったら、きっと俺は自身を止められず最後までしてしまっていただろう。
 ふと、恍惚の表情で宙を見つめる彰人のあまりのいやらしさに、暴れだしたくなるような凶暴な精神を必死になって落ちつかせようとしていたことを思い出した。あれはとてもつらかった。
 ふわふわの髪を撫でながら、そっと胸元に顔を寄せた。つんと尖った胸の先端は赤く色づいて、まるで食べてほしいといわんばかりに主張している。どこもかしこもおいしそうだ。
 早く挿れたいという欲望を押さえこむつもりで、尖った先端を舌先でぴんと弾いた。神経の通った舌に勃起した乳首の弾力をはっきりと感じて、誘われるようにむしゃぶりつく。
 
「あ、あっ、とや、あ! どっちも、いやだっ、んぁっ」
 
 甘い。なにを分泌しているのだろう。なにもしていないか。
 茹だった脳が馬鹿みたいなことを考えていた。花の蜜に群がる虫もきっとこんな気持ちなのかと、意味のないことばかり浮かんでは、どうでもいいかと消えていく。
 
「んぅっ、あっあう……っ、ひ、ひうっ」
「ん……いっしょに触ると気持ちいいな」
「ちが! や、あぁ、あっ、〜〜ッ」
 
 可愛い。こんなに乳首で感じているのは初めて見る。酸欠みたいに頭がぼんやりとしてきて、思考さえままならない。意識して呼吸をすれば彰人の濃厚なにおいがして頭がくらくらする。グミのような感触に夢中で吸いつきながらナカの指を動かすと、体がぴくんぴくんと跳ねて、上の方から我慢しきれなかったらしい声が漏れる。更に煽られて我慢している欲が破裂しそうだ。
 ナカを解しながら他の部位を触るのにも慣れた。顔を上げて半開きの唇にキスをしながら、唾液でテラテラと光る乳首を優しく撫でる。音的にはすりすりだろうか。指の腹で円を描くように転がすと艶やかな嬌声がくぐもった呻き声に変わった。キスをしていると声が聞こえないのが残念だと思いながら、しかし口を離すつもりはなく、舌を絡めとり吸いつく。
 ここでもしっかりと気持ちよくなっているらしい。エネマグラは彰人の前立腺を開発するだけでなく、俺の両手をフリーにすることで、彰人への絶え間ない愛撫を可能にした。
 
「んっく、ぅ、……は、ふぅ……ぁ」
 
 乳首を触りながらナカを解すと、快感が繋がるのか緩むのが早い。まるで彰人から分泌されているようなローションの粘り気に、きゅうきゅうと締めつける内壁。ヒクつく縁。俺の指を美味しそうに咥えこむ光景を間近で見せられごくりと喉が鳴った。ここに挿れたらどれほど気持ちがいいのだろうと想像しただけで体温がぐんと上昇する。
 しかし彰人を傷つけるわけにはいかない。欲望は今にも破裂しそうで苦しいが、彰人のナカがぐずぐずに解れるまでは絶対に理性をなくしたりしない。彰人に誓って。
 
「とーや! 冬弥! もういいって! いつまでやってんだよ……っ」
「っしかし……」
「いいから……もう、いい、挿れろって……っ!」
 
 その誓いは彰人によって破られようとしていた。崖の縁ぎりぎりに立っているような気分になりながら、まだもう少し解した方がいいのではないかと、理性の声が聞こえてくる。
 
「怖くないか?」
「怖くねえって、いいから……このまま焦れってえ方が、こえーから……早くしろ……」
「……分かった」
 
 声はだんだんと曇って、彰人は焦れていたと、可愛らしい告白をすると恥ずかしそうに顔を背けた。固めた理性がガラガラと崩れていく音が聞こえる。自分の理性的な返事がなんだかとても愉快で、滑稽で、声を出して笑いそうだった。きっとそんなことをすれば彰人はとても不安がるだろう。可愛らしい彰人から目を逸らしコンドームの準備に集中した。
 コンドームをつけるのは初めてではないのに、まるで初めてのようなミスをして結局三個も使った。三個目の袋を破る手が震えていることに気づいた彰人がおかしそうに笑って、それがひどく恥ずかしかった。
 
「……いい、か?」
「おう……だいじょうぶだ」 
 
 ぬかるんだ後孔にそっと先端を押しつけると彰人の腰が上がった。挿入しやすいようにしてくれたのだろうが、強請られているみたいで、足を掴む力が強くなる。跡がつきそうだと、ぼんやりと思いながらゆっくりと押しこんだ。
 
「あっ、あっ、はぁ……っ」
「ん、く……っ」
 
 どろどろに蕩けた温かいナカが歓迎するように開いて、先端をおいしそうに咥えこんだのがゴム越しに伝わってくる。拒むときのような締めつけとは明らかに違う、俺を迎えてくれている締めつけに喉の奥から声が漏れた。ぐっと視界が狭まって、びくりと跳ねた内ももに力が入る。
 
「あ、ぁぅ……っ」
「ぅ、ぐ、ぁ……っ」
 
 気持ちいい。ナカがふわふわしてる。
 だいじなところが温もりに包まれる甘美な快楽に一瞬で視界が真っ白に染まった。血が足りないような気分にくらくらと目眩がする。
 初めての感覚だった。ナカはふわふわとしていて、性器の先端をぎゅうぎゅうと締めつける。彰人を形容する言葉が、まさかこんなパンケーキみたいな擬音だとは思わなくて驚いた。
 
「ぁ、はぅ……っ」
 
 彰人は真っ赤な顔を背けて小さく声を漏らすばかりでなにも言わない。拒絶されている感じはしないが分からない。不安になって、ぴくぴくと跳ねるお腹を撫でた。
 
「~~~~~~ッ」
「ぐ、ぅ……っ!?」
 
 突然、ナカが激しく蠢いた。先端だけを締めつけ、まるで絞りとるような動きに思わず出しそうになって慌てて彰人の足を掴んで耐える。気持ちよさにくらくらしながら彰人を見ると、見開いた目が宙を見つめていた。
 
「彰人……ナカで気持ちよくなれているのか?」
「……ぁっ、ぁ……っ」
 
 問いかけに、彰人は舌を突き出して艶を帯びた声を上げるだけだった。代わりに応えるように腹筋がびくびくと跳ねる。
 全部挿れたらどうなるんだろうか。
 先端だけでこうなるのかと思うと好奇心がむくむくと湧きごくりと唾を呑みこんだ。俺のモノをすべて受けいれた彰人がどうなるのか、見てみたい。
 いまだ痙攣を繰りかえす体をそっと撫で腰を進めた。挿れてもいいかと許可をとろうと思ったが、ダメだと言われても止められる気がしなかったのでなにも言わずに押し進める。
 
「ぁ、ぇ……ッ、ぁ、あ……」
「……悪い、優しくでき……ないかも、しれない」
「うぁ、ぁ……ッ!」
 
 先端まではいままでも入っていた。問題はここからだが、以前とは明らかに違う感覚に心配はいらない気がした。ゆっくりと腰を押しつけてすべて埋めこむと、びくびくと跳ねていた彰人の上半身が仰け反った。
 
「うぁ~~っあ゙ッ、ぁあ……っ!」
「……っ、え……」
 
 突然の叫び声は痛みではなく快楽に濡れていた。
 目の前にびゅるりと白濁が飛ぶと同時にぎゅうぎゅうとナカが締まって、また出しそうになるのを息を吐いて耐える。吐き出された白濁は彰人のお腹の上に溜まっていた。不規則な呼吸に合わせてお腹が上下して、溜まった白濁は脇腹を伝いとろりと垂れていく。
 一瞬、なにが起こったか分からず、ぽかんと彰人の顔を見つめた。
 
「……ぁ……っ? ん……っ」
 
 なにが起きているのか彰人も分かっていないようで目を白黒させていた。半開きの口から涎が一筋垂れている。
 彰人は全身をぴんと伸ばしてびくびくと震えていた。労わってあげたいのだが、俺も俺で、全部挿れられたことへの感動と早く動きたい欲望がせめぎ合って動けない。
 
「挿れただけでイったのか……っ」
 
 今日はずっと、理性と本能の間で板挟み状態だ。感動と興奮で頭がぐちゃぐちゃになって腰が戦慄く。
 しかし彰人の尋常ならざる様子に理性が勝った。彰人の呼吸が整うまで待とうとじっとしていると、ぷるぷると震える両手が伸びてくる。掴まえてぎゅっと握りしめると、いつもひんやりとしていた手は燃えるように熱くてびしょびしょだった。
 
「彰人、気持ちいいか?」
「…………っ」
「……分からないから、気持ちいいなら教えてくれないか?」
「わ、かる……だ、ろ……んっ」
「彰人の言葉で聞きたいんだ」
 
 俺の言葉に、彰人が迷うようにこちらを見た。ひどく蕩けた顔を見つめ再度「気持ちいいか?」と聞くと、口を開きかけて数秒じっと止まって、こくんと頷く。喋る代わりに頷くことにしたらしい。葛藤のようなものが瞳の奥に見え隠れしていて、何度目かの可愛いを口にした。
 今更恥ずかしがっても、もう遅いのに。
 
「そうか……っ」
「う、あぁっ、んぅっ!?」
「よかった……! 気持ちいいんだな……!」
 
 もう、我慢なんてできない。こんな美味しそうなものを前にして、ずっと待てをしていた自分を褒めたいくらいだ。
 腰を打ちつける。気持ちいい。ぱちゅんと、肉のぶつかる音が部屋に響いて「ああ、セックスをしているんだ」と泣きそうになる。
 彰人はひんひんと喉を反らし喘いでいた。喉のでっぱりが主張していて、そこから目が離せない。
 噛みつきたい。彰人の柔いところに歯を立てて食らい尽くしたいと、まるでケモノのような欲望が自分の中にあることに驚いた。
 欲を誤魔化すように赤い跡をつける。見えないところがいいかと配慮はできたが、結局、彰人の体に自分を刻みつけるなら誤魔化せていないなと、そんなことを快楽の中でぼんやりと考えていた。
 
「あっあ、あ゙っ……! ぉ、っ、ひ、イく……っ、イくぅ……ッ!」
「ふ、ぁ……っ、あ、きと……っ!」
「ひぃっ、あ、イって……ッ、とーや、とぉ……ッ!」
 
 一突きする度にイっているのか、健気に勃ちあがった性器の先端から白い液体がとぷとぷとあふれている。余韻に浸る間も与えずひたすらに腰を振って、ガクガクと痙攣を始める体を貪る。
 気持ちいい。ぞわぞわしたものが全身を巡って、腰辺りに溜まっていく。
 
「なあっ、ぁ、と、とぉやは……っ?」
「っ……?」
「とーやはきもち、ぃ?」
 
 ふと聞こえた声に性器を見ていた顔を上げ、不安げな瞳と視線がぶつかりはっとする。彰人に気持ちいいかと問いかけてばかりで、俺からはひとつも言葉にしていないことに気がついた。
 律動をやめてそっと顔を近づけ口を開いた。
 
「ああ、とても気持ちいい……」
「……っ、そっか……ぁ」
「彰人、あきと……ありがとう、受けいれてくれて……」
「ん……」
 
 顔を歪めた彰人の、蕩けた瞳が潤んだ。じんわりと込みあげるきらきらと光る涙は、ギリギリ、下まぶたの縁で止まっている。彰人は泣きそうで、しかし泣かなかった。
 いまならいくら泣いても言い訳ができるのに、それをしないのが彰人らしい。
 ずっとこうなりたいと思っていた。先に進めない状況をどうにかしなければと思いながら、どうすればよいか分からなかった。きっと彰人もおなじように考えていたから、突拍子もない俺の提案をなんだかんだ受けいれてくれたのだろう。
 俺だけが気持ちよくても意味がない。彰人と、ふたりがいい。そんなことをずっと思っていた。
 視線を合わせたまま律動を再開する。涙をこぼす理由を作りたかったのはただのエゴだ。
 
「んっ、あ、あ……っ!」
「く、ぁ……彰人、気持ちいいな……っ」
「ん……っ、お、う……っきもちぃ、な……んぁ」
 
 体の揺れに合わせて、限界ギリギリだった涙はいとも容易くこぼれた。
 なにがなんだか分からなくて流す涙ではない、想いが通じあって流す涙に胸が熱くなる。とろりと蕩けた瞳からこぼれる涙はベッドへと吸いこまれていく。布ごときにやるのはなんだかもったいないなと、唇を寄せ舐めると甘ったるい声が耳に入った。どこもかしこも敏感になっているのか、快楽から逃れようと捩る体を押さえつけてすべてを舐めとる。
 しょっぱいはずのそれは砂糖のように甘かった。舌に絡みつくような甘ったるさは決して不快ではなく、むしろもっと欲しくなって何度も舌を這わせる。
 涙を流す彰人はいままで見たどんな景色よりも美しい。こんな美しい人を、自分の手で暴いている。
 
「彰人……ッあきと……ッ」
 
 ナカの締めつけがキツい。我慢できない。
 そういえば挿入はこれが初めてだったと、今更自分の経験歴を思い出していた。おそらく長くは保たない。
 
「う、あ……っ、あ、〜〜っ、ぉ……っ!」
「はっ、はぁ……っ、ん……っ」
 
 セックスを覚えたての猿とはこのことかと、頭の片隅の冷静な部分が客観視していた。腰を振るのをやめられない。掴んだ腰のなまめかしさに煽られて、視界は彰人だけで、色に染まった声も、むんと沸き立つ性のにおいも、知覚が彰人に染まる。
 気持ちいい、イきたい、好きだという感情が脳を支配した。しかし一番にあったのは、受けいれてくれたことへの感謝だった。俺を許して、それどころか愛までくれる彰人は、きっとだれよりも優しい。
 
「彰人、あきと……っ!」
「ん、んぅ? は、ぅっ」
「気持ちいい、なっ……ありがとう、彰人……大好き、だ」
「っ……んぁ、ん……オ、レも……とーやが、好き……っ」
「っ……!」
「とーやがいい……とーやしか、いやだ……っ」
 
 彰人は涙の滲む目を真っすぐ俺に向けていた。
 逆上せたみたいに体が熱くなって、歓喜がじんわりと全身を包みこむ。頷くのも、顔を赤くしながら目を逸らすのも何度も見てきたのに、こんな必死な声は初めて聞く声だった。耳から入る情報に目の奥がチカチカする。蕩けた声で俺がいいと口にする恋人を愛せずにはいられない。
 
「あっ、んぅ、あ゛……っ」
「わ、るい……っいたく、ないっ、か……?」
「だ、いじょーぶ、ぁっ」
「……よかっ、た」
 
 自分の声も上擦って跳ねていた。腹の奥から際限なく湧いてくる情欲を吐き出したい。すべてぶちまけてしまいたい。気持ちのいい速度を見つけてしまえば彰人に気を遣う余裕もなくなった。自分本位になってしまうことを恥じたが、止められない。限界がもう、すぐそこだ。
 
「ひ、ぃ! は、あ゙ぁッ」
 
 震える手が揺れる性器を捉えた。既に出したものでグチョグチョに濡れたそれを上下に扱く。
 
「だめ、も、むりっ、ひっイけな……ぁっ、両方はやだ、ってぇ……っ、」
「……全然いやそうじゃない声だな……大丈夫、だ」
「うっせ、えぁ、あ、あ、むり、も、イく、イく……ぅ」
「ぅ、ぁ……ッ」
 
 彰人は「イく、イく」とうわ言のように呟いて首を反らした。喉の形が皮膚の下にはっきりと浮かびあがる。力強い歌声も、俺を許す甘い声も、艶やかな嬌声も、すべてここから出ているのだ。
 艶かしい色気にぐっと、欲がせり上がる。
 
「ぅ、あ……っあきと……っイ、……ッ」
「はげし、ぁ、あっ! んっ、イく……ッとぉ、や……ぁあ、んぁ〜〜〜〜ッ、」
「あきと…………っ」
 
 かろうじて残ったわずかな意識で、彰人の好きなところを強く抉った。瞬間、彰人の体ががくがくと震える。足の指がきゅうと丸くなって、びゅくびゅくと、真っ赤に腫れた先端から透明に近い精液が飛んだ。
 その拍子にナカが締まる。射精を促すように蠢いた肉襞に耐えきれず、俺は溜めこんだ精を薄い膜の中へ吐き出した。
 
 
 
 ◇
 
 
 
 とろとろにぬかるみ、きゅうきゅうと精液を絞りとるように痙攣するナカに体の一部を収めたまま、じっと黙って彰人の体を抱きしめていた。彰人は俺の腕の中で、絶頂の余韻に浸るように甘い吐息をこぼしている。
 夢にまで見たナカの心地よさに目を閉じた。とくとくと、彰人が生きている音がすぐ近くに聞こえる。
 俺をすべてから守るような温かさで包みこまれ、下半身から指の先まで、快美な痺れがじんわりと広がってくる。ぬくもりを吸いとるように、ぴくぴくと小さく跳ねる体を抱きしめ背をゆっくりと撫でた。背骨の溝に沿って手を滑らせるとしっとりとした肌が吸いつく。
 
「っふは、はは、ぁ……くすぐってえ……」
 
 彰人は身を竦ませながら、赤いうっとりとした顔つきで笑った。その表情は、いままで見てきたどんなものより俺を惹きつけ、心を揺さぶる。
 たまらなくなって首筋に顔を寄せ吸いついた。ちゅ、と音を立てると、彰人は体を震わせ上擦った掠れ声を上げる。その光景すら目に毒で、燃えるような欲望に身を任せ、ゆるりと腰を押しつけた。
 離れたくない、離したくない。ずっとこのままがいい。しかし、そろそろ引かなければ。
 頭の中をぐるぐると回る理性に抗っていると、笑い声が聞こえた。そっと顔を上げると、涙に濡れたふにゃふにゃの顔が笑いながら俺を見ていた。
 
「あきと……」
「ふ、は……変な顔してんな……もの足りねえか?」
「いや……とても気持ちがいいから、退くのがいやだな、と……」
「はは、たしかに、気持ちぃな……やべ、はまりそー……」
「ふふ……俺も」
 
 暗に、俺とのセックスに夢中になるのだと伝えてくる。嬉しくなって、衝動のまま先端で奥を小突くと背中をげしげしと蹴られた。彰人が言ったのに。
 羞恥を誤魔化すような動作に笑いを堪えきれず口角を上げると「なんだよ」と不貞腐れた顔がこちらを睨みつけた。正直に伝えると拗ねそうだ。「なんでもない」と返してゆっくりと起きあがる。
 先端が抜けきると赤く色づいた縁がひくひくとひくついてナカが顔を見せる。真っ赤な内臓に白く泡立ったローション。ごくりと息を呑んで、頭を振って耐えた。この調子では肉欲に支配されてしまう。
 外したゴムには大量の精液が溜まっていた。彰人のだとなにも思わないどころかもったいないなと思うのだが、自分のものだと思うとなんだか気まずい。しっかりと口を結びティッシュに包んでゴミ箱に捨てた。
 全身を弛緩させた彰人の隣に寝転ぶと、眠そうに蕩けた顔が擦りよってきて可愛い。猫のような愛らしさを感じてゆるりとあやすように頬を撫でた。
 
「彰人、可愛いな」
「ん……とーやも可愛い」
「そうか? 彰人のほうがずっと可愛い」
「とーやだろ可愛いのは……顔赤くしてさ……目、とろんとしてんの、かわい……」
「……彰人も、そんな顔をしている」
 
 男が可愛い可愛いと言いあって気持ち悪いと言いそうなのに、彰人は俺に対抗するように可愛いと口にした。可愛いと言われるのは癪だが、可愛いの間に呼ばれる俺の名前だけがとろとろに蕩けていていい気分になる。
 くすくすと笑う彰人の頬を手で覆い、ふっくらとした肉を摘んだ。むに、と音がしそうなほど柔らかくて気持ちいい。彰人は煩わしそうに顔を歪め、しかし俺の手を振り払いはしなかった。許されたことに安堵して、ありがたく頬の感触を楽しませてもらう。
 
「ふふ」
「なにすんだよ……ん、とーやの手、あったけーな……」
「眠そうだな……眠ってもいい。体は俺が拭いておく」
「……んや、起きとく」
「いまにも寝そうだが……」
 
 むっと尖った唇を親指と人差し指で摘むと今度はぺちりと叩かれた。それはいやなんだなと、あらためて知ったことを脳の隅にメモする。
 
「起きとくって……いっしょに寝よーぜ」
「……分かった、すぐに終わらせる」
 
 眠いのか、それとも力が入らないのか、その両方だろうが、彰人は動かなかった。一応起きあがろうと身じろぐ体を支えるときゅっと下唇を噛む。恥ずかしいのだろうか、可愛い。
 彰人はされるがまま俺に全身を預けていた。腕に収めたぬくもりに心が満たされる。なんでもひとりでやってしまえる彰人が、俺だけに許した柔らかい部分。相棒で恋人である俺だけが見れる顔。
 これが優越感なのだと、はっきりと分かった。
 汗以外はみんなカピカピとし始めていた。ローションも吐き出された精も綺麗に拭いて体を清める。赤くならないよう力を込めずに拭いているからか、擽ったそうに肌をびくぴくと跳ねさせる彰人に恨み言を言いたくなった。また熱がぶり返しそうでたいへん困る。
 
「彰人、終わった……気持ち悪いところはないか?」
「ん……大丈夫。ありがとな……」
「これぐらい構わない……寝ようか」
「ん……」
 
 彰人のまぶたはほとんど閉じていた。返す言葉も短い。
 見られていないならバレないかと思い、彰人の隣に寝転んで顔を観察する。まだ熱が冷めていないのか、頬はりんごのように赤く染まっていて可愛い。こめかみに薄っすらと浮かんだ汗を手でそっと拭って、そのまま熱い頬を撫でながらじっと眺めていると、視線を感じたのかまぶたがゆっくりと開いた。呆れを込めた瞳に見つめられ少し気まずい。
 
「見すぎ」
「すまない……」
「……ま、いいけど」
 
 仕方ないと笑うときとおなじ声色で、彰人は俺を許した。甘いなと思う。声も、彰人も、俺に甘い。
 
「なあ、起きたらさ……セカイで歌わね?」
「構わないが……大丈夫か? 声」
「とーやが、こうしたんだろ」
 
 掠れた声が優しく詰る。おかしそうに微笑む顔に申し訳なく思うような、悪い気はしないような、不思議な感覚。
 
「セックスのあとって妙に歌いたくなんねえ?」
「……これが初めてだろう」
「挿れてなくてもセックスだろ、いままでのだって」
「そうだな……たしかにそうだ」
「なんでだろーな……ああ、おまえといるからか」
 
 なんでもないようにぽつりとこぼして大きなあくびをひとつ。流れるような告白に彰人の羞恥心を探れず笑いながら、顔を隠すべくスマホを手に取った。頬が熱い。好きとは中々言わないのにこういうことはすんなりと言えるらしい。
 
「あー、でも先に飯か、な……つーかいま何時だ……」
「十五時だな……」
「ふは……昼間から爛れてんな……夕方飯食って、セカイ、な」
「三大欲求を満たしているな」
「たしかに、そーかもな……」
「すまない、眠いんだったな」
 
 眠そうにあくびをこぼす彰人に謝ると、むにゃむにゃとしていた顔に笑顔が浮かぶ。にっこり、ではなく、にやりとした顔。
 
「ぴろーとーく、だろ」
「……そう、だな? ……そうか、ふふ」
「なぁにがおかしいんだか……ふあ……ねみぃ……」
「ああ……七時くらいに起こす」
「おう……な、とーや……」
「ん?」
「やっと、ちゃんと……できたな……」
「……そうだな」
 
 柔らかに笑うその顔が愛しくて、また泣いてしまいそうになった。
 ちゃんと、という言葉の意味を理解できないほど鈍感ではない。彰人も、俺とおなじものを望んでくれている。そのことが嬉しくてたまらない。
 
「わり、も、ねみぃ……寝る……」
「……ああ」 
 
 比較的体力のある彰人でも慣れないことをするのは疲れるのだろう。おやすみ、と言うと彰人はすぐに眠ってしまった。剥き出しの肩にそっと毛布を掛ける。
 これからもセックスをして慣れていけば、そうしたらいつか眠らずにいられるだろうか。まあ、なんだっていいと思った。ピロートークでも、眠っても、歌いに行っても、ご飯を食べても。二回戦目に突入しても。
 そこには彰人がいる。俺の隣に彰人がいるならどんなことでも――
 
 アラームをセットしたスマホを横へ置いて、温かい彰人に誘われるまま毛布に潜りこんだ。まだ彰人を見ていたくて眠るのがもったいないが、気の抜けた顔を見ているとなんでもいいかという気分になり抵抗をやめる。
 今日はどうせずっと彰人といっしょだ。
 毛布と彰人の間に腕を回して温かさを全身で感じる。だいじなものがすぐ傍に、腕の中にあった。
 
「ありがとう彰人」
 
 俺を好きになってくれて。
 俺を許し、受けいれてくれて。
 
 際限なく溢れる愛しさを伝えられただろうか。そっと頬を撫でると、彰人の口角がわずかに上がった気がした。
 
 
 

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