甘い朝

 ぽかぽかと暖かな陽射しがコンクリートに降り落ちて輝いている。空には雲一つなく、冬にしては防寒着もいらないほど暖かい。心地のよい天気に、彰人は清々しい気分で空を仰いだ。
 とある日曜の昼前。コンビニのロゴが入った袋を片手に、彰人は相棒と二人、公園の隅にあるポールに腰掛け、遅めの朝食にありつこうとしていた。
 太陽はほぼ真上から地上を照らしている。彰人は腕を高く上げてうんと伸びをすると、その腕をおろし、買ったばかりの糖分――新発売と書かれたクリーム入りメロンパンに齧りついた。
 
「お、うめえ」
「朝から、すごいな」
「朝とか昼とか、あんま関係ねえかも。いつでも食える」
 
 少し眉を寄せた冬弥にパンを差し出してみたが、首を横に振られただけだった。うまいのに。ま、分かってたけど。
 
「今日は天気がいいな……暖かくて気持ちいい」
「だな……毎日こうだといいんだけどな」
「ふっ、そうだな。最近は寒くて、朝起きるのも一苦労する」
「お前でもそうなんのか」
 
 隣に腰掛ける冬弥も彰人と同じように体を伸ばして光を浴び、甘さ控えめのクロワッサンを片手にコーヒーを飲んでいる。のんびりとカップを傾ける姿がきらきらと輝いて見えるのは、きっと太陽のせいだろう。
 彰人はそっと隣を覗き見て頬を緩めた。今日の冬弥の衣服は全て彰人が選んだものだ。普段と多少雰囲気の異なる緩めの装いだが、うまく着こなせている。少し気だるげに腰掛ける姿も相まって写真に収めたくなるような雰囲気になっていた。
 時間はゆっくりと流れていく。新発売のメロンパンは食べるのが難しく、あふれるクリームに苦戦していると、いつの間にかクロワッサンをスマホに替えていた冬弥が彰人の方を向いた。
 
「朝食を食べたら今日はどこに行く?」
「んーどうすっかな……公園で歌ってもいいが……こんだけ気持ちいいとな」
 
 話しながら大きなあくびをこぼす。太陽光を浴びると脳は活性化すると聞くが、気持よすぎて眠気を誘われてしまっていた。昨日遅くに寝てしまったから余計にそう感じるのかもしれない。
 
「眠いのか?」
「んおっ……なんだ、驚かすなよ」
 
 また出そうなあくびをかみ殺していると、目の前にすっと指先が現れた。驚きに声を上げると、横からくすくすと笑い声が聞こてくる。ちゃんと驚いてしまった羞恥心を誤魔化すように、彰人はわざとらしく咳払いをした。
 伸びてきた指は頬を撫でたかったらしく、するすると曲線を滑る。ほどよく温かいのはコーヒーのおかげだろう。撫でられる感覚は気持ちいいと同時に擽ったくて、彰人は逃れるように身を捩った。「擽ってえよ」と窘める声が思ったより甘く響いて、これでは嫌がっているか分かったものじゃない。
 
「ふっ、すまない……どうする? 着替えもしたし、いい天気だ。もったいない気もするが……家に戻るか? 俺はどちらでも構わない」
「んー……考え中」
 
 お行儀よく食べるのを諦め、あふれ出たクリームを舐め取っていると、咎めるような視線が頬に突き刺さる。気にせずにいれば、諦めたのか、隣からの視線は感じなくなった。
 
 
 
 穏やかな一日の始まり。甘い鈍痛が響く寝不足の体に栄養を取りこみ終え、食後のお茶で喉を潤しながら、冬弥と短いやり取りを重ねた。ほとんど毎日二人で食事をする機会があるが、このときの話題は多岐にわたる。他の時間で音楽の話をしているから、食事をしているときぐらいはと、意識して別の話題を探していることが多い。
 そして、冬弥は黙りこむことも多いが、基本、人の話はきちんと聞くタイプだ。分かりやすく表情を変えることも少ない。だから気になってしまったのかもしれない。
 冬弥は彰人と話をしながら、時折、スマホに視線を落とした。普段であれば気にも留めないが、その表情がやけに目につき、彰人は疑問を口にしていた。
 
「お前、なに見てんだ? にやにやしながら……」
 
 傍目にも分かるほどうっとりとした表情。冬の陽気より暖かな、というより少し身の危険を感じるような。そんな珍しい表情でスマホを見つめる冬弥が彰人に向かって手を伸ばす。
 
「見るか? とても可愛いんだ」
「へぇ…………っ!?」
 
 野良猫か、はたまた家で飼っている猫か、それともSNSでなにか見つけたのか。可愛いを連想させる存在を頭の中に思い浮かべていた彰人は、向けられた画面を覗きこみ、激しく噎せた。ゴホゴホと咳きこむ音に混じり「大丈夫か!?」と焦る冬弥の声が聞こえるが、今はそれどころではない。彰人はスマホを引っ掴み声を荒げた。
 
「おま……っそれ……!」
 
 冬弥の部屋にあるふわふわのぬいぐるみを抱え、気持ちよさそうに眠る己の姿。半開きの唇からはすやすやと気の抜ける音が聞こえてきそうな――惚けた顔。
 
「すまない……誰にも見せないならいいかと思って……少しだけ」
「す、こし……って、んなの……」
「彰人もたまに撮っているだろう? それを見ていたら俺も欲しくなって……」
「いや、オレが撮ってんのは普通の、学校とかで撮れるやつで……」
 
 ただ眠っているだけならいい。なに勝手に撮ってんだ、と笑いながら許せただろうが、ちらりと見えてしまった惨状に唇を噛む。
 剥き出しの肩と、首筋にくっきりと残る情欲の跡。頬は赤く染まり、目尻にはうっすらと涙の跡が見える。隣に冬弥のスウェットが写っているが、それが分かる人間は数少ないだろう。しかし、だ。がっつり映り込んでんじゃねえか、と思わずにはいられない。
 たった一枚にこれだけの情報が詰め込まこれているのだ。この情報量であれば、いつ撮られたものか想像に容易い。
 
「昨日、だな?」
「ああ……ぬいぐるみを近づけてみたら、そのまま抱きついて寝てしまったから……つい、可愛くて」
 
 朝からこんなものを見ていたのか。自分の寝顔――しかも「気持ちいいセックスをしました」と言わんばかりの顔を撮られていた焦りが、彰人の脳を混乱させた。
 
「へ、へぇ……可愛い、な?」
 
 動揺しすぎだろ、なに言ってんだ。可愛いってなんだ、可愛くねえよ。
 ぱちりと目を瞬かせた冬弥が首を傾げる。仕方ねえだろ、まさかこんな――こんなだらしのない気の抜けた顔で眠っていただなんて夢にも思わなかったんだ。我が目を疑うくらいに、隙だらけの表情。
 
「誰、だよ……」
「不思議なことを聞くんだな」
 
 呆然と呟く彰人をじっと見つめていた冬弥が、にこりと微笑みぐっと顔を寄せてきた。今にも唇が触れそうな距離に、心臓がどくんと跳ねる。
 
「俺の大切なパートナーだ」
「……そうかよ」
 
 一言一句に愛情を染み込ませたようなしっとりとした声が彰人の胸を打つ。慕うような眼差しをうっかり見つめ返してしまえば、魅入られ、目が離せなくなってしまう。
 じわじわと熱くなる頬を隠すタイミングを見失った彰人は、小さく相槌を打つと、冬弥の首筋に顔を寄せた。これ以上見ないでくれと祈りながら。

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