電子の向こうで

ぬるい♡喘ぎ有。自慰、床オナ、自慰バレ、テレセク要素有

 全く興味がなかった、と言えば嘘になるが、中学生並みの性欲があったかと言われるとなかったように思う。クラスメイトが恋や性やと騒ぎ立てるのを横目に、彰人は夢を掴むために努力することしか頭になかった。
 アオハル、というには些か過激な熱量で、彰人は人生を掛けて夢中になれるものを追い求める。そこには好きだったサッカーも、面倒な勉強も、多少の遊びもなかった。
「……っ、ふ……っ」
 それでも男とは面倒なもので、興味や関心が薄くとも溜まるものは溜まるし、そのままでいるには心身ともに不快である。我慢できなくはないがあまり体に良いものでもない。
 そのため必然的に気持ちがすっきりする程度のオナニーは覚えていく。
 竿を握り、先端からぷくりと零れた先走りを潤滑油代わりにして上下に擦る。それなりに自分の弱いところも分かるから、素早く終わらせるために少し力をこめ裏筋を撫でた。
 ピクピクと脈打つ熱を右手に感じ熱っぽい息を吐いた。気持ちよさに脳がぼんやりと霞む。しかしそれだけだ。いわゆる疲れマラを単調に扱くだけ。面倒だが、放置すると余計面倒だと知っているから、ただひたすらに手を動かす。彰人の脳にそれ以外の意識はない。
 普通ならばここでオナニーに使うオカズを何にしたか、なんて話題で盛りあがるのが男子の醍醐味なのかもしれないが、擦っていればいつの間にか吐き出している彰人にとってはどうでもいいことでしかない。
 教室の後ろで男子だけでコソコソと集まる中、貸してやるよと、クラスメイトに差し出されたヨレた雑誌を捲ってはみても、特に胸を高ぶらせるほどの興味は湧かず、結局静かに閉じる羽目になる。誰が可愛いなんて言いながら雑誌を囲み、紙面を指差し、彰人はどの子が好みかなんて聞かれれば、知りもしない女性を適当に指差す日々。
 そこに焦りを感じるほど、彰人は性欲そのものにあまり興味がなかった。
「ぁ……ッイ、……っ」
 咄嗟に引きよせたティッシュに精を受け止め、詰めていた息を吐いた。ぴゅくぴゅくと濃い白濁がティッシュを汚す。尿道に残った精液を押し出すように強く擦り吐き出しきると、新しく取り出したティッシュで乱雑に拭う。ニオイが部屋に充満しているような気になったが、それすらも意識するのが面倒で、再度ティッシュに包みゴミ箱に投げすてた。
 やらなくていいならやらないで済んだ方が楽だと、半ば義務感で上下に動かした腕の力を抜きふぅと息を吐いた。
 
 自分は性に淡白なのだと思っていた。
 求めるのはただひとつで、それしかないから、混じる雑音は躱していく。
 一生の相棒と信じた相手と好きあい、内側を許し、体を重ねるまでは。
 
 
 
 ◇
 
 
 
 歓声や熱気が欲を刺激するとはよく聞く。
 それなりの大きさのハコを埋め、トリを任せられるようになった彰人達に呼応するように会場のボルテージは上がっていく。
 今日のイベントは良かったと思う。何度も練習した杏とのハモリもばっちりと決まり、最後のこはねと冬弥の伸びやかな声は、客だけではなく隣にいた彰人の心も揺さぶった。いい出来だったと、こはねと杏が楽しそうに声を上げる隣で、冬弥が満足そうに微笑んでいる。
 
「じゃあ、明日ね!」
「おう。明日はセカイでな」
「分かった!」
 二人と別れ、冬弥と話をしながら帰り道を歩く。良い出来とはつまり体力を使い果たしたということで、今日はお互い会話が少なかった。だからと言って話題が途切れ沈黙が訪れても不思議と苦ではない。
(まあ会ったときから静かなのも苦じゃなかったけど)
 見慣れた通りに出てもうすぐ別れ道だからと冬弥を見ると、鬱陶しそうに汗を拭っていた。つぅと首筋を伝う汗に背筋がゾクリと粟立つのを頭を振って誤魔化す。
 なんとも、汗の似合わない男だ。だからだろうか、冬弥の汗が首筋を伝うのを見るたびに何かいけないことを思い出しそうになる。
「じゃあ、また……彰人」
「ん、どうした?」
「……いや、なんでもない。また明日」
「……? おう、じゃあな」
 変な間の後、何事もなく背を向けた冬弥に違和感はあったものの、歩き出した冬弥に倣い彰人も帰路につく。しかし歩き出してすぐ、後ろから感じた視線に振りむくと、何か言いたそうな顔をした冬弥と目があった。
(やっぱりなんかあったか?)
 駆けよって話を聞くこともできたが彰人自身の疲れもあり、冬弥との距離も少し離れていたから手を振るだけに留める。
 彰人が振り向いたことに驚いたのかぱちくりと瞬きをした冬弥は、嬉しそうにはにかむと小さく手を振った。
(ま、明日学校で聞けばいいか)
 早く帰れよ、とパクパクと口を動かせば、どうやら通じたらしく頷かれる。名残惜しげに手を振りながら帰路につく冬弥を見送り、彰人も家路を急いだ。
 
 冬弥の表情がつらそうでないことはぱっと見で分かっている。つらいこと――例えば家族の話であれば今すぐにでも走り出して抱き締めてやりたいが、そうではないことは長年の付き合いで分かる。
(いま言うには都合が悪い……とかか)
 ポタリと落ちた汗に、何を思い出しそうになったか気づいて、はぁ、と息を吐いた。
(そういえば……最後にセックスしたのいつだったっけ……)
 冬弥の汗に欲情でもしているのか、先程からやけに目がいくのは欲求不満かと納得し来週の予定を考える。しかしどう考えても今日は日曜で、これから一週間休みもないと分かれば期待もしぼんでいく。
「はぁ……考えるだけ無駄か……」
 膨れあがった欲求を抑えこんで、彰人は夜のシブヤを急いだ。
 
 
 
 疲労と興奮でくたくたになった体を引きずり、帰宅して速攻シャワーで汗を流した。泡立てたシャンプーで頭を洗いつつ、今日のイベントを反芻する。
 出来が良かったからと言って全く反省する点がないわけではない。彰人達は四人で組んでまだ日が浅いから、長年組んでいる他のユニットから学べることは多い。Vivid BAD SQUADはまだまだ発展していかなければならないから、今日の出来で満足しているわけにはいかない。
 イベントが終わってすぐに、明日の放課後集まったときに話せるように問題点を洗い出しておく。これは彰人がいつも行っていることだ。
 
 シャワーから上がり濡れた髪を乾かす。リビングに向かうと母親が食器の片づけをしていた。自分の席に用意されていた温かな夕食に手をつけると、気づかないようにしていた今までの疲れがどっと押しよせてきた。ここ最近のオーバーワーク気味の練習のせいかすっかり体力が落ちている。
 母親に聞こえないように舌打ちを溢し、咀嚼もそこそこに席を立った。
「お皿持ってきてよ」
「分かってるって……そういや絵名は?」
「さあ、ご飯食べて部屋に戻ったんじゃない?」
「ふぅん……」
 さっきまで忘れていたが、今朝、絵の参考にしたいと言われCDを貸していたことを思い出した。
(別にいつでもいいか……いやよくはねえ。アイツ忘れっぽいし)
 二階に上がり絵名の部屋の扉を叩く。いつも聞こえる話し声も聞こえずシンとしていた。ヒステリックな叫び声も聞こえない。「絵名?」と呼びかけたものの部屋の中からは一切反応がない。時間的には起きているだろうが、彰人は絵名のサークル事情を知らないため、作業があるのか、今は休みなのか分からない。
(はぁ。仕方ねぇ、明日にすっか……)
 寝ている姉を叩き起こすほど酷い弟でもない。急を要するものではないため、明日の準備をするべく自室に戻った。
 明日の準備といっても教科書類は全て学校に置いたままだから特に必要なものはない。今週のバイトのシフト確認だけ済ませ、勢いよくベッドにダイブした。適度に柔らかな布団が全身を包んでほっと一息つく。
 寝転んでしまえば体はもう一ミリも動かせそうにない。ただ、調子のいいライブだったからか、疲労のわりに頭は冴えていた。早く寝たくて目を閉じてはみたものの、色々と考えてしまいどうにも眠れない。
 仕方なくスマホを手に取り録音した音源を聞く。今日のイベント前に、音程や気になるところなどの確認用に冬弥と二人で録っていたものだ。
 
 家族――特に父親との確執が少しずつ解れたおかげか、より一層力をつけた冬弥の歌声は相棒ながら惚れ惚れするほど伸びやかだ。
 当の本人が「ここが硬くなっている」と言っていたところも、彰人からすると十分すぎると思うのだが、これが経験の差か。
 色っぽい冬弥の声になんとなくおちつかず、体をもぞもぞと動かす。
(そういえば……これ録った時キスしたんだったな)
 冬弥の声を聞いていたからか、薄っすらと冬弥の熱を思い出したからか、イベントが終わってからずっと冬弥のことばかり考えている。
 
 ――この音源を録音した日。
 その日はたまたまこはねと杏の予定が合わず、予定を変更してセカイで歌おうとReady Steadyを再生した。
 セカイに行くとリンとレンが「歌おう!」と待ち構えていることが多い。その日もふたりに声を掛けようとしたが、カフェの周辺には見当たらず、結局いつもの練習場所に冬弥と二人で来ていた。
 周囲に誰もいない状況で期待がなかったわけじゃない。たまたま歌っていた曲が威風堂々だったせいか、やけに冬弥の視線が熱く絡みついてくるようで、気がつけばどちらからともなく唇を合わせていた。
(久しぶりで……すげえ気持ちよくて……)
 冬弥も同じことを考えていたのかなと思うと嬉しくて、何度も何度も薄い唇に吸いつく。いつもするキスよりやけに気持ちがよくて、力の抜けた手で首を引きよせた。
 ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音が彰人の性感を煽る。口を開いて舌を伸ばしかけたところで、遠くからこちらに近づいてくる足音に気づき咄嗟に唇を離した。
 それ以来、なんとなく気恥ずかしくなって、そしてイベントもあり単純に忙しくなったせいで時間もとれず、冬弥との接触も減っていった。
 
 思ったよりもずっと彰人の体は冬弥を求めているらしい。冬弥とのキスを思い出して体が熱くなる程度には重症のようだ。別れ際に思い出した最後の触れあいは、彰人の記憶が正しければ一ヶ月も前。
 疲れているというのに、疲労を感じる体とは裏腹に、下半身は冬弥のことを考えるだけで熱くなり中心に熱を集めていく。
(はぁ……マジか。欲求不満かよ……)
 明日は学校で、時間を考えればもう眠ってしまいたい。しかしこの熱を放置するにはあまりにも冬弥のことを考えすぎた。
「ぁ……ん、くそ……はぁ……」
 もういっそさっさと出してすっきりしてしまおう。そうすれば眠れるだろうと曲の再生が終わったスマホを枕の横に放った。
 
 
 
 腕を動かすのすら面倒でおざなりにシーツに腰を押しつける。下着に仕舞われたまま緩く勃起した性器からじんわりと快感が広がり息を吐いた。
 その感覚を覚えた彰人は無意識に膝を擦りあわせると、くいくいと、快感を追うように腰を揺らし始めた。
 経験上、性器を扱けばすぐ終わると分かってはいた。何かの雑誌でも『床に擦り付けるオナニーはやりすぎ注意!』と書かれていたような気がする。しかし、自重に押しつぶされる性器から得る快感がとてつもなく気持ちいいもののような気がして、手を使おうという気にならない。細かいことを考える余裕もない。
(動かすのが面倒ってのもあるけど……なんだっけ……)
「あ、ふ……んぅ、ん……ッ」
 何かを思い出した気がしたが、快感でぼやけた頭では思考が散り散りになりうまくまとまらない。
 じゅわりと唾液が分泌され口の端に滲む。引き締めた唇が快感で緩み、唾液が垂れるのに気づいてまた引き締める。腰をくねらせベッドに押し付けると下着の中でゴリゴリと押しつぶされ、また気持ちよさに口が緩む。
 
 何度か繰り返して、布同士の擦れでは達することが出来ないと思い一瞬どうしようかと考えたものの、もう彰人の頭の中には絶頂という文字しかなく、堪らずスウェットと下着をいっしょに下ろした。
 ぼろんと下着から飛び出た性器は完全に勃起しており、尿道口から先走りをとぷとぷと吐き出している。
「ハァ…………んっ」
 汚したシーツを替えるのは面倒だと一瞬働いた理性で、お腹の下に頭を拭くために持っていたタオルを雑に敷く。タオル生地に腰を押しつけねっとりと回すと、ざらついた生地に勃起した性器の先が擦れ思わず甘く蕩けた吐息が溢れた。
「ふっ、くぁ……ん、……んぅ……」
 引き締まったお尻が時折ひくんと跳ねながら上下左右に動く。傍から見れば誘うような腰つきであることを、当の彰人は気持ちよさを追い求めるのに必死で気づかない。
 腰をくねらせ、濡れた先端を押し付けると、とぷとぷと零れる先走りがタオルに吸われていく。タオルの濡れた感触がまた新しい快感を呼び、どんどん先走りが零れてくるのに加え、先端を擦るざらついた感触があまりに気持ちよく腰が止められない。
「ん、ふぅ、んぅ……ッあ、ふ……」
 腰を高く上げ叩きつけるように落とすと、タオルが先端を、次いで裏筋を擦る。自重で竿全体を押しつぶされ、同時に様々な快感が彰人を襲いびくりと腰が跳ねた。
 挿れたこともないのに、見様見真似で腰をベッドに打ちつける。真似をしたのはどこかで観たアダルトビデオか、はたまた冬弥か。今の彰人にそれを考える余裕はない。
 多少ぎこちない動きになるのが恥ずかしくて羞恥心を煽られるが、それが誰に見られているわけでもないと思い出し、まあいいかとぼやけた頭で雄の本能を追う。
「ぅあ……ッ! あ、くぅ〜ッんッ」
 ねっとりと腰を打ちつけ快感を貪る。段々と腰の動きが早くなるに連れ、飲みこめなかった喘ぎ声が緩んだ口の隙間から漏れる。僅かな理性が同じ階の身内を思い出させるが、ゾクゾクと背筋を這い上がってくる快感に思考が散り散りになる。
 そこで初めてギシギシと軋むベッドに気づいたものの、羞恥心よりもあと少しで訪れるであろう開放感が優先され構っていられない。
 せめて寝ていてくれと、掛け布団に全身を潜りこませ枕を噛んだ。いやらしい臭気と熱気が篭り汗がぶわりと吹き出した。それと同時に感じた全身が布に包まれる感触に思考がブレる。
(この体勢って……)
 ふと、性器を扱くよりもベッドに押しつけた方が気持ちいい気がしたのは何故だろうと考えた。瞬間、ライブ終わりに汗を拭う冬弥の顔を思い出す。
 
 会場の熱気に当てられたのか、頬を紅潮させ荒い息を吐きながら袖で乱暴に汗を拭う冬弥。
 見上げた先の、汗で濡れた髪をかき上げ珍しく露わになった額。
 口付けられた項にポタポタと落ちる雫。
(あ……ッ、これ、ぇ…………ッ)
 汗が敏感な肌に垂れる感覚をつぶさに思い出し、どくんと心臓が跳ね、視界がキュッと狭くなる。
 彰人に挿れたいと言った冬弥にのし掛かられ、うつ伏せのまま冬弥の性器を奥深くまで咥えこんだ。
「ぁ……ふ、んぅ……んッ、んぁ……!」
 長時間愛され解れたナカが、彰人の意志とは関係なく、熱い性器をきゅうきゅうと締めつけた。
「アッ、これ、あ、あッ、だめっ……ひ、あッ!?」
 枕に押しつけると呼吸がしにくくて顔を横に向けたら、そのせいで晒してしまった耳に口つけられた。縁をなぞり耳穴に舌を差しこまれクチクチと嬲る音が脳に直接流しこまれる。
 気持ちよくて、けれど逃げたくて。
 のし掛かる冬弥の体から抜け出ようと前に体をずらすと同時に、体とシーツに挟まれた性器がゴリゴリと押しつぶされた。
 逃げたいだけなのにまるで冬弥の前でオナニーをしているようで、恥ずかしくてボロボロと涙が溢れた。
 後ろも前も馬鹿みたいに気持ちいい。気持ちよすぎて腰から下の感覚が徐々に薄れていくのが怖い。それなのに体を貫く熱さだけはハッキリと感じ取れる。
 怖くて、気持ちよくて、死んでしまいそうで。いやいやと頭を振って快感を逃がそうとする彰人の肩を掴み引っ張った冬弥が耳元で囁いた。
『気持ちいいな、彰人』
 
「ちが、あ、ぁッ! やあッイ、くぅッ! ァ、あァ……ッ!」
 ライブ終わりの冬弥と、一ヶ月前体を重ねた時の獰猛な冬弥と、今彰人を襲う状況がリンクして、びくりと腰が跳ねた。
「はッ、ぁ……ッふ、ふぅ、ァ……ッ」
 パクパクと口を開く尿道口から、せり上がってきた精液がびゅくびゅくと飛び出しタオルを汚す。長い射精に無意識に腰をカクカクと揺らせば、馬鹿になった頭の中で誰かが、タオルでも孕ませるつもりか、と言い笑いそうになる。
 久しぶりに出た精液は濃く、量も多い。やっとの快感の余韻で揺れる腰に合わせて、尿道に残った精液がゆっくりと吐き出された。
「は、ぁ……くそ、奥……」
 タオルに吸いこまれきれないドロドロとしたものに萎えた性器をゆるゆると押しつけた。射精は気持ちよかったものの、同時に冬弥に愛される悦びを思い出したせいか奥がきゅんと疼く。
 すっきりするつもりが、余計ムラムラする羽目になるとは思わなかった。
(あぁ、くそ、全然足んねぇ…………冬弥……)
 まだ自分で後ろを触る勇気はない。そのつもりではなかったから準備もしていないため、体を蝕む熱から逃れるように前への快感に集中する。しかし、冬弥の欲情した瞳を思い出してしまえば、冬弥のあの熱い塊が欲しくて虚しくなる。
 
 射精の開放感と冬弥のいない虚無感に襲われる。しかしそれでもゆらゆらと腰を揺らすのをやめられないのは、一回のセックスで何度も何度もイかされたせいでもの足りなくなっているのか。射精をした後、そうやって腰をくねらせ冬弥を誘っているからか。
 いつもぐずぐずに溶かされ快楽に溺れた記憶しか残っていない彰人には分からなかった。
 
 
 
「ふっ、ふぅーっ、ぅ……あつ…………ん、あ?」
 吐いた息が布団の中に篭り暑くなる。声を殺すために潜った掛け布団を捲ると、ピカピカとランプを点滅させるスマホが目に入った。
 暗闇に慣れた目でぼーっと眺めていると、スマホが僅かに振動していることに気づいて慌てて手を伸ばした。
 マナーモードにしていたため反応が遅れたが、バイブレーションが鳴るということは着信である。
 スマホの画面をフリックし現れた通話ボタンを押そうとして、画面に表示された文字が目に入りどくりと心臓が高鳴る。
 画面には、まるでカミサマか誰かが彰人の想いを聞き届けたのか――冬弥、と書かれていた。
 なんとも言い難いタイミングの良さに口角が上がるのを感じて、そういえば、布団に擦りつけると手が汚れないんだなと、間の抜けたことを思いながらボタンを押した。
「ッわり、出るの遅れた」
『構わない。こんな時間にすまない……今、大丈夫だろうか?』
「ん、いいよ。どうした? さっきも何か言いかけてなかったか?」
『いや……用があったわけではないんだが……』
「ホントかよ」
 歯切れの悪い冬弥に訝しみつつやっと聞けた本物の声にほっと息を吐いた。別れたのはほんの数時間前なのに、いやらしいことを思い出しながら冬弥を求め焦がれていたせいかずいぶんと懐かしく感じる。
 欲しかったものを与えられる感覚はなんとも甘美で、しかし、していたことがしていたことだけに居心地が悪い。
『彰人は今何かしていたのか?』
「え……い、いや。もう寝ようかと思って寝転んだとこ」
 冬弥を思い出して一人でシていましたとは言えず、今度は彰人の歯切れが悪くなる。冬弥とはキスもセックスもして、お互いあられもない姿を晒しているとはいえ、プライベートな部分を晒すのは恥ずかしい。
 気まずくなり口を閉じてしまったため、スマホの向こうから冬弥の穏やかな呼吸音が聞こえる。この音がはっきりと聞こえる状況はそうあることではない。また、何かを思い出しそうで身震いする。
『少し話したいんだがいいだろうか』
「ぁ……おう……」
 彰人の耳元で聞こえる音に煽られ小さく吐息が漏れた。上擦る声を努めて抑えいつも通りを保とうと意識すればするほど、射精したものの緩く刺激したせいで未だ熱の抜けない性器に意識が向く。
「わりぃ、ちょい待って」
 枕元に置いてあった有線のイヤホンを取りスマホに刺す。そういえば部屋の電気をつけたままだったことを今になって思い出し、なんとも恥ずかしくなって慌てて消した。見られているわけではないが、はっきりと己の痴態が浮かび上がっているようで落ち着かない。
 イヤホンをつけてしまえばスマホを触ることもない。初めの面倒さはどこへいったのか、完全に眠気を覚ました彰人はゴロリと横になり股間に手を伸ばした。
「ん、いいぜ」
『何かしたのか?』
「や、気にすんな」
『……そうか?』
 そう言って「そういえば」と話をし始めた冬弥にバレないよう興奮で熱い息を吐いた。
 ――これから、冬弥にバレないよう、冬弥の声でオナニーをするのだ。
 
 
 
 先端から零れる先走りを伸ばしながら芯を取り戻しつつある性器をちゅこちゅこと扱いた。普通に手で触れているだけなのに、耳から流れこむ冬弥の声で性感が増しているのか蕩けそうなほど気持ちよくて、びくりと太腿の筋肉が引きつる。
(ああ……くそ、全然おさまんねぇ……)
 バレたら恥ずかしいと、唇を噛んで声を押し殺す。冬弥の声で発情しているとバレるのは避けたい。それでも時折声が漏れるのを押さえられず、背中を丸めて膝を擦りあわせた。
『それで、その時の彰人が――』
「んッ、いや、ッあ、れはレン達が――」
『ふ、そうだったな。そういえば明後日の――』
 なんとか会話を続けながら冬弥の声に意識を傾けた。冬弥は普通の話をしているのに、自分は冬弥の声を聞きながら己を慰めている。時々こちらを窺うように優しく名前を呼ばれると、えもいわれぬ背徳感が駆け巡り右手の上下運動を速くした。はしたない行為だと思っても冬弥を求めている体ではそう簡単に止められない。
 それほど、彰人の体は冬弥を求めていた。
『……彰人』
「ッぁ、……んだよ」
『……ふふ、呼んだだけだ』
 電話越しに柔らかな声で彰人を呼んだ冬弥が嬉しそうに笑ったのが分かり、思わず手を止め目を瞑った。
(ああ……くそ、こういうところだよ……!)
 顔が熱くなり、変な声が出てきそうなのを口を結んで耐えた。
 冬弥の時たまこういう風に可愛いことを口にするところに、彰人はひどく心がかき乱される。彰人が好きだと声色から伝わってきて、そのたびに恥ずかしさが先に立って口を噤むしかない。
 どうやら冬弥は付き合いたてのカップルのような甘ったるい雰囲気を楽しんでいるらしい。恋人になったからといって相棒であることに変わりはないから、彰人だけが恥ずかしくなっている。
 こちらばかりが悶々としているようで気に食わない。しかし、嬉しそうに笑う冬弥を見るのは嫌ではないから強く出られずにいる。
 
「ん、今日のイベントは良かったな」
『ああ、そうだな。特に最後の小豆沢の伸びが良かった』
「冬弥と綺麗に合ってたな……ぅぁ」
『彰人も調子が良かったな。ここ最近疲れていたようだったから少し心配していた。杞憂だったな』
「ッ……あ、たりまえだろ」
『……彰人』
「ぁふ、……ッなに」
『……声が上擦ってる。今、何してるんだ?』
 心臓がドクリと跳ねる。息を飲んだ。平静を装い答える。
「ッ……なに、も……何もしてねえ、よ」
『…………彰人、すまない……俺は耳がいいんだ』
「は、あ? 知ってる、けど……」
 冬弥の声を聞きながらちゅこちゅこと扱いていた手を止める。ここで言う『耳がいい』とはどういう意味だ。ドクドクと心臓が脈打つ音が聞こえ、一気に顔が熱くなった。まさか――――
「冬弥……も、しかして……」
『……気持ちいいか、彰人』
「えっ……んぅッ♡」
 驚いた拍子に先端を強く擦ってしまい噛み締める間もなく甘く蕩けた甲高い声が飛び出た。
『可愛い声だな』
 手が使えるようにとイヤホンに替えたのが仇になった。完全に耳を塞がれたせいで、性器を扱く音がどれだけ部屋に響き、どれだけ冬弥に聞こえていたか考えていなかった。
 冬弥の低く落ち着いた、それでいて熱に浮かされたような声が耳から流れこみダイレクトに脳を犯す。漏れた喘ぎ声を止めようと咄嗟に唇を噛むも、一度箍が外れるとひっきりなしに溢れ出し止まらなくなる。
『……ッ、彰人、今何してる……?』
「ぅ、ばか……ッ」
『…………彰人』
「んぁ……ッい、ま……ッちんこ、ぁッ、シコって、るっ! ッんぅ♡」
 完全にバレていると気づきギュッとつま先に力が入る。もう逃れられないと自己申告をした途端に、ビンビンに勃ち上がった性器の先端から先走りがぷくぷくと零れ玉を作った。指先で絡め取りそのまま先端に爪を立てると鋭い快感に腰が強請るように揺れる。
 羞恥心よりも、冬弥に愛されたくて泣きそうなほど疼く体を慰めたくて、冬弥の声を聞きながらくちくちと扱く。
『彰人……ッは……ッ』
「んく、ふっ、ふぅッ! んんッ!」
 親指と人差し指で作った輪っかをカリ首のくびれに通す。迸る先走りを伸ばして擦ると気持ちよさに腰が引けて膝が震えた。手持ち無沙汰の左の手のひらで、先走りを馴染ませながら先端をクルクルと撫でる。
 敏感なところだけを自分の好きなように刺激する。オナニーとはこういうもので、緩んだ口から一際甘い声が漏れた。
 気持ちいい。冬弥に一人でヨガる声を聞かれている。恥ずかしいけれど頭が蕩けそうなほど気持ちよくて、それで――――
「ヒッ、ぁ……ッんく、ふ、あ……ぁ、冬弥ぁ……」
『……彰人?』
「も、もっとぉ、ほし……」
 イヤホンの向こうではっと息をのむ気配がした。冬弥の反応に、一瞬自分が何か言っただろうかと考えて、ぼっと顔に熱が集中する。みっともなく発情して、何を発したか。
「や、わりぃ……」
『……あまり、煽らないでくれ……触りたくなる』
 冬弥がポツリと呟いて、次いで微かに布ずれのような音が聞こえる。引かれていなかったことに安堵していると『彰人……』と熱っぽく名前を呼ばれ腰の辺りからぞくりとする快感が走った。
『彰人、仰向けになれるか?』
「あお、むけ……ん、できっけど……」
『少し上体を起したほうがやりやすいと思うから枕か何か柔らかいものを背もたれにできるか?』
「分かった……ん、なんかすんの……?」
『ああ』
 冬弥の指示に従い、壁に枕と冬弥に貰ったデカいサメの人形を立て掛け背凭れにする。完全に寄り掛かるとスマホが遠くなってしまうためずりずりと下がり、肩と頭が人形に乗っかるよう調整する。
『彰人は会陰部って分かるか?』
「……? え、いん……? いや、分かんねえ……」
『蟻の門渡ともいうそうだ……睾丸と肛門の間のことだ。触れるか?』
 今どき玉を睾丸と呼ぶ高校生がいるのかと、場違いにも笑ってしまいそうになるのを堪える。どこか医学のような、教科書のような独特の言い回しは初めてセックスをした時からだったから慣れたものの、気分が盛り上がっている時に言われると面白くなってしまう。
 冬弥がそういう男だと分かっているし、むしろそれはそれでエロさを感じるので萎えることはないが。
 
 玉をすくい、冬弥の言う場所をするりと撫でる。擽ったさに身を小さく捩らせ、くにくにと優しく揉んでみる。
「ん……ここ、か?」
『まずは優しく撫でて……気持ちよくなってきたら指で押してみてくれ』
 言われた通りすりすりと撫でる。覚えのある違和感に何かを思い出しそうで、ゆっくり押し込んでみる。じんわりと快感が広がると、頭がぼーっとして何も考えられなくなる。そうすると思考が離散して、思い出しそうな何かを思い出せない。
「ん、……ッは、あ、んぅ……?」
『そこの奥に……、擦ると彰人がいつも嬉しそうに啼く前立腺がある』
「前立、腺……ッく、ひッ! っんなこと、言わなくていい……ッ」
 今手で押えてる下に、いつも冬弥に嬲られ愛される器官があるのだという。ぼんやりと冬弥の声を聞きながら、いつも訳が分からなくなるほど気持ちよくなるところを探すようにぐいと指を食い込ませると「ひっ!」と甲高い声が飛んだ。
『気持ちいいか?』
「あっ、わ、かんね……ッく、ふぅ……ッ」
 じんわりと感じていた温かさが、徐々に鋭さを増し体中に広がっていく。だんだんと荒くなる呼吸と甘く蕩けた喘ぎ声をスマホに送る。
「ア、ふーーッふ、んぅ♡ん、ん」
『彰人はナカでイケるから、たぶん外から刺激しても気持ちいいと思うんだ』
「ぅあ、や……っ、んん、く、ゔぅ」
『……彰人、見えないから気持ちよかったら気持ちいいって言ってほしい』
「んぅや、やぁ……ぅ、あ……っきもち、ぃ……やぁ……ッきも、ち……ッ」
 切なそうに言われたら叶えてやりたくなる。ぐにぐにと押し込んで中の前立腺を刺激すると体の疼きが満たされるような気がして、冬弥に伝わるよう何度も気持ちいいと啼いた。
 すっかり快楽を覚えてしまった体は、直接性器を刺激しているわけでもないのに、まるで性器を触られているかのようにびくんびくんと痙攣している。
 開きっぱなしの口からとろとろと唾液が溢れ、顎から首筋を伝い濡らしていく。
「あーっ、ん、ぁ……ッ♡は、ん゙ぅ、ふぅうゔ♡」
『彰人……っは、可愛い……彰人……』
「ぁあッん、く……んん、くふ……ッ」
『彰人……気持ちいいか』
「ん、ん! きも、ち……こぇ、んぅ、おさえ、らんね……、ッとや、……ん、とぉや……ッ」
 膝を立てM字に開いた足がガクガクと震えてきた。ほとんど力が入らなくてゆっくりと力を抜くと、ダラダラと精液を零す勃起した性器とひくんひくんと跳ねる膝が視界に入り、そのだらしのなさに玉がせり上がる。
 外側から刺激された前立腺から、快感を伴う熱さが体全体にじんわりと広がっていく。
(あ、だめだ、これ……ッ)
「フーッ、うぁ、ふ、フーッ……んッ」
 背中がぐっと反り、反動でベッドから離れた腰が天に突き出すように持ち上がった。
「あぁ……ッ、ひ、これぇ……! イ、く……ッ」
 内側から広がる気持ちよさにカク、カクと情けなく腰を振り全身で甘イキを享受すると、勃起した性器がぶるんぶるんと揺れを周囲に液体を撒き散らした。天に昇るような気持ちなのに、射精をした感覚はないから先走りなのかもしれない。
 
 太ももがビクビクと痙攣し力が抜けそうになるの、必死に力を込めることで耐え震える足で体を支える。足に力を込めたことでアナル周りの筋肉がキュウと締まり、それによってまざまざと後ろの快感を思い出してしまい、またビクンと甘イキを繰り返した。
「くひ、ッあ、ぁ……ッ♡ッァ……♡」
『彰人……ッは、……く、ぅッ』
「…………? と、や……?」
『は……ッ、どうした……ッ?』
「ぁ……ッ、と、冬弥も……シコってんの……?」
『……はッ……あき、と……ッ』
 興奮を抑えきれないのか、まるでセックスをしている時のような上擦った声。冬弥の色気にドキドキと心拍数が上昇し、頬が熱くなる。
 あの冬弥がオナニーをしている。
 性欲とは無縁と言わんばかりの涼しげな顔が、彰人を相手にしたときだけ歪むことを知った時、彰人の胸を満たした優越感。
「はは……ッ、オレの声、興奮する?」
『あ、……あたりまえだろ……ッ』
「……ッ、は、そっか……ッくふ、ぅ……♡」
 冬弥が、オレの声に反応している。オレの声だけでちんこを勃たせて、シコってるんだ。
 その事実に、彰人の背中がぞくりと粟立つ。腹の奥が冬弥の熱を思い出しきゅんと疼いた。
 
 求められて嬉しくないわけない。
 冬弥に喜んでほしい、もっと興奮してほしいと思い始めたら、一応噛み締めようと努力していた口も緩んで甘い喘ぎ声を我慢出来なくなった。
 ――もっとさらけ出して、オレの全部をあげるから。冬弥の全てが欲しい。
 
 重い体を起こし、オナニーを始めた時と同じうつぶせの体勢に戻す。胸元から落ちたスマホを丁度口元にくるように調節して横に追いやっていた掛け布団を被った。声の調子が変わったことに気づいたのか『彰人?』と名前を呼ばれたので応える。
「今ッさ、ぁうつぶせにぃっ、ッなったぁッ」
『ふ、うつぶせッ……? そういえばさっきも……それが彰人は、気持ちいいのか……ッ?』
「くふ、ん……うんぅ……♡んん……」
『そうか……彰人は、ハッ、バックというよりも、うつぶせの状態で、……ッ挿れると、反応が、いいなッ』
 ヘコヘコと腰を振りながら、右手を伸ばし冬弥に教えてもらった気持ちいいところをクイクイと押す。甘く掠れた声が漏れ、半開きの口から溢れた唾液がボタボタとシーツに染みを作る。
「うつぶせだと、とーやの、奥までッは、はいって……ッ気持ちぃ、からぁ……♡」
『はぁ、はっ……』
「くふぅ♡あ、あ……ッ」
 自分で発した言葉に後ろがキュッと締まる。うつぶせになると、冬弥の性器は快楽を期待してヒクヒクと収縮するナカに無遠慮に侵入してくる。その時のことを思い出して彰人は腰をくねらせた。
『彰人の、く……、ナカはとろとろで熱くて、ぅ……、挿れると、キュウキュウ締めつけてきて……はぁ、……気持ちいいんだ……』
「ッん、ふぅ♡はひ、ぁ……!」
 冬弥の直接的な言葉に、冬弥の性器の熱さや形を思い出す。
 
 最初はゆっくりと、ナカが冬弥の形に慣れるまで動かない。彰人が欲しがるまで、届く範囲の至るところにキスをおくったり愛撫をして、彰人のナカが緩むのを待つ。
 冬弥は彰人に負担をかけまいと、とにかく前戯に時間をかける。それが冬弥なりの愛し方だと知っているから照れくささもあり嬉しくもある。
 反面、前戯でとろとろに蕩けた体には酷で焦れったい。最初の頃ならまだしも、冬弥に愛される悦びを知った体が、ゆっくりとナカを満たされる感覚だけで満足するわけがない。
『彰人は……焦れると腰がカクカク揺れ始めて可愛いんだ。……俺のが奥に欲しいって、言ってるみたいで……』
「あッ気づいてた、のッか、よ……!」
『……ッ気づかれないように小さく動かしてるのが、その……いやらしくて、気づかないふりをしていた』
「あ゙ッ悪趣味……ッく、ひッ!? ん、ふぅぅゔゔゔぅぅっ♡」
 全部バレていたのか。恥ずかしさを感じると同時に、腰から力が抜け、性器が勢いよくシーツに叩きつけられる。真っ赤に充血した敏感な先端がズリズリと擦られ情けない声が掛け布団の中に響いた。頭の中が真っ白になり絶頂の文字で埋め尽くされる。尿道口がパクパクと開いて射精しようとするのを、咄嗟に根元を握り込むことで堪え、ビクビクと震える体を片手で抱き締めた。
 ここでイってしまえば、まるで冬弥に『いやらしい』と言われたからだと思われそうで焦る。寸止めをしたせいか視界の奥がチカチカと光る。
『……イったか?』
「んぅ、や……我慢、した……はふぅ……」
 精液が逆流しているような感覚に身震いした。
 
 冬弥の声に応え気が抜けたのか、力の入らなくなった左手が性器から離れベッドに落ちた。全力疾走したかのような荒い呼吸を、ダラダラと溢れる唾液を飲み込んで無理やりに落ちつかせる。
 怠い腰を上げ胸の奥の下半身を覗きこむと、精液は出ていなかったものの大量の先走りが糸を引きシーツと先端を繋いでいた。
「ん、はは……イってねぇ、のに多…………ふ、ぁ……」
 イっているのかイっていないのか分からないほど白濁の液体が垂れている。オナニーを始めた時は片付けのことまで考える理性があったが、冬弥の声を聞いてしまえば汚れを気にする余裕もない。
 震える膝を叱咤し少しだけ腰を上げ、前への刺激に夢中でおざなりになっていた会陰部を指の腹で撫でた。滑らかでつるりとしていて意外にも触り心地がよく、甘やかすようにすりすりと撫でる。軽く爪を立て引っかくように動かすと、覚えのあるくすぐったさを感じ興奮に深く息を吐いた。
 ねっとりとした腰つきで浅く性器を押しつけ、ベッドに広がる体液の感触を楽しむ。気持ち悪いような、気持ちいいような不思議な感覚がクセになる。
 そのまま続けていると、キシキシと小さく軋んだベッドのせいか、思い出したかのように冬弥が声を上げた。
『そういえば、ご家族はいないのか……?』
「ん、ふっ……いる、けど」
『音……大丈夫か』
「……一応気にしてっけど……正直イヤホンしてっから分かんッねぇし、ッぁ、早くイキたいし……ふ、ふぅ……たぶん大丈夫……ッ」
 掛け布団の中が茹だるように熱くて思考がぼやけていた。一度絶頂を無理やり止めたから早く熱を解放したくて、いつもなら気にして抑えようとする音も気にしていられない。
「それより、さ…………冬弥……」
『ああ……分かってる……彰人』
「ぅあ……ッは、んぅ♡」
 とにかく早く、冬弥が欲しい。どうでもよくなって強請るように冬弥を呼んだ。名前を呼ばれるのに合わせてすりすりと撫でていた会陰部を、ナカの前立腺を意識するようにグッグッと何度も押しこむ。
「あっ、は、ふ、ぁ♡」
『……ハ、……ッ実は挿入する時、そこをよく触ってるんだ。彰人が、ふ、気持ちよくなれるようにッ』
 触ったこともないのに、先程から触るたびに何かが引っかかる感覚はそれか、と惚けた頭が冬弥の指を思い出す。記憶にはあまりないが、どうやら体はきちんと覚えているらしい。
 
 思い出せないのに覚えている――ぴゅく、と精液が漏れる。
 彰人の体は彰人が思っている以上に冬弥を覚えているようだ。
『彰人……ッあきと……ッ』
「ッうぁ、とーや……ッ!」
 名前を呼ぶ向こうでくちくちと音がする。それが冬弥の先走りの音だと気づくと、ドクリと心臓が脈打った。
「あ゙ッ、とーや……! とぉや、ぁッ、だめ……ッ♡」
『あきと……ッ! く、ぁ……!』
 前が気持ちいいか前立腺が気持ちいいか分からないが、冬弥の声に煽られるように腰をカクカクと振り続ける。
(せーし出してぇ……ッ!)
 射精欲に、堪らず体液でドロドロの布団にぱちゅんぱちゅんと腰を打ちつけた。夢中になるあまり、激しさにガタガタとベッドが揺れていることにも気づけない。
 足を大きく広げ、上品さの欠片もないはしたない格好で快楽を貪る。頭の片隅で僅かに、こんな姿を他人に見られたらと考えたが、迫りくる絶頂の予感にすぐさま消えてなくなった。
「ぁ〜〜ッ! と、や……むりぃ♡ッこれッイ゙ぐッ」
『ぐッ、彰人……ッくぅ…………ッ!』
 腰を振って雄の本能を追っていた彰人は、冬弥の呻き声に、どうしてか気持ちいいところを押さなければと、必死に腕を伸ばして会陰部を力強く押す。強引な指圧にナカがきゅうと締まり前立腺から熱が一気に広がった。
「ぅあ……ッ♡だッ、めぇッ♡ナカッ♡イッ、イくぅッッッ♡」
『く、ぁ……彰人……は、ッイ、く……ッ!』
 前立腺からの快感に頭をガクガクと揺する。声を押し殺すどころかもはや家族がいることも忘れ、冬弥の声を聞きながら、彰人は甲高い声で啼くとナカの快感に溺れた。
 
 
 
 浮いた腰をドサリとシーツに預け甘く痺れる体から力を抜いた。絶頂の余韻に支配された彰人の体は、イってもなおぴくぴくと痙攣している。
 射精を終え萎えきった性器がぐちゃぐちゃになった体液まみれのシーツに押しつぶされ可哀想なほど震えていた。
 
 今日一番の気持ちよさに張り詰めた筋肉がゆるゆると解れ、恍惚とした表情ではふはふと甘い吐息を溢した。
「ッは、ぁッ……はぁ、ふぅ……んぅ……」
『はぁ……はぁ……ん、彰人、気持ちよかったか?』
「ん…………ぅ、きもちぃ……」
 掛け布団で作られた小さな空間の中、快感でドロドロに溶けていきそうな体を丸め呼吸を落ちつかせる。
 冬弥の荒い呼吸は徐々に落ちついていき、ふぅと息を吐いた後微かにティッシュを抜くような音がした。
「冬弥も、よかったか……?」
『ああ』
「……そっか」
 冬弥の掠れた吐息が耳に残る。電話越しの自分の声で興奮したのだと思うと、彰人の心は満たされた。触られてもいないのに、まるで冬弥に全身を愛撫されたような心地の良い感覚に体が弛緩する。
 
『ただ……』
 冬弥の何とも不満げな声に、『軽蔑』という言葉がよぎりヒクンと体が震えた。
「……ただ?」
『彰人の声が可愛くて……一人でしていると気づいた時、正直かなり、……興奮した』
「……ッ」
『触れないのがつらい。彰人に触りたい、し、顔も見たいしキス、したい』
 触れないのが不満だと言う。同じ口で、追いうちをかけるように羞恥を煽る。
 満たされた心に更に注がれ何かが溢れそうになる感覚に、彰人は忘れかけていた羞恥を今更ながらに思い出した。
「……………………そう、かよ」
 燃えるように熱くなった頬を見られずに済んでよかった。
『……ふ、今更恥ずかしがらなくても』
「うっせえ……」
 しかし冬弥には顔を見られずともバレているらしく、気持ちを落ち着かせるため深呼吸をした。
 深呼吸を繰り返し少しずつ冷静さを取り戻すと、今までの自分の言動を一つずつ思い出してきて頭を抱えて唸った。冬弥を煽るつもりで余計なことを口走った気がして、恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
『彰人』
 笑っていた冬弥が、珍しく緊張気味に名前を呼んだ。祈るような小さな声に意識を向ける。
「…………んだよ」
『その……実は、少し前から父さんがセーブしていた仕事を少しずつ戻すらしくて』
「……へえ」
『来週……もう今週か。今週の金曜から月曜まで母さんと一緒に出掛けるから家に誰もいないんだ』
 誰もいない――期待で心臓がドキドキとうるさい。唇をギュッと結ぶ。
「それって……」
『ああ。彰人がよかったらなんだが泊まりに来ないか? 今日はずっと、それが言いたくて……』
 そんなことを言い淀むなよと、叫びそうになるのをグッと堪える。
(緊張してんなよ、オレがお前の言うことを断ったことねぇだろ!)
 断られるとでも思っていたのだろうか。オレだって、バイトを休みにしてでもお前と一緒に居られるなら――
 
 そこまで考えて、疲れが溜まっていたからとバイトを休みにしていたことを思い出した。グッジョブ、オレ。
「ん……分かった。行く」
『! そうか……ふふ、嬉しい。三日もずっと彰人と居られるなんて夢みたいだ』
 嬉しそうな声色に頬が緩む。行くと言っただけでここまで嬉しそうにされて悪い気はしない。
「そんなに嬉しいのかよ」
『嬉しいに決まっている。今世界で一番幸せなのは俺だろうな』
「なんだそれ、大袈裟なやつ……」
 お前は羞恥心を母親のお腹に忘れてきたのか。嬉しくないわけではないが、呆れて笑ってしまう。
『……彰人』
「なんだよ」
『金曜は眠れると思わないでくれ』
「は」
『三日間も一緒なのは初めてなんだ…………今日の続きをしたい。今度は俺ので、イかせたい』
 ぶわりと頬に熱が集まるのを感じる。変なことを言い出して、黙ったかと思えば今度は真面目な声で何を言い出すのか。駆け引きもない、あまりに直球であけすけな宣言に、奥が期待できゅんと疼いた。
 
 ――ずっと欲しかったんだ、仕方ないよな。
 とはいえヤラレっぱなしは性に合わない。息を詰めこちらの出方を伺っている冬弥を意識して甘く挑発した。
「……冬弥こそ、途中でバテんなよ……いっぱい、今日の分まで…………オレのこと愛してくれよ」
『……!! ああ、彰人のこと、たくさん愛させてくれ』
 途端弾んだ声におかしくなって笑った。全部が冬弥で満たされる。冬弥も同じように感じてくれているだろうか。
 愛してくれよ、たくさん。もうずっと、冬弥が欲しくて堪らない。
『おやすみ彰人。また明日』
「……おう。おやすみ、冬弥」
 
 静かになった部屋に寂しくなりそうで、ベタつく体のまま布団に潜りこんだ。
 この布団の惨状は明日起きた時に考えよう。
 
 眠れなかったのは冬弥不足だったせいか、まぶたを閉じると訪れた穏やかな眠気に身を任せる。
 ああ、金曜日が待ち遠しい。
 
 
 
 ――金曜日。誰も居ない青柳家で、もうやめてほしいと懇願する彰人を無視した冬弥に三日間愛され続ける羽目になることを、この時の彰人は知らなかった。

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